第5章 練習法と試合


第1節 練習法

 柔道の学習活動では,生徒の体力や技の習得の程度に応じた適切な練習や試合の仕方 を工夫し指導することが,学習効果を高めるとともに,安全を確保する上からも極めて大 切なことといえる。指導に際しては,まず生徒の健康状態や体力,技能の程度,及び意欲 などを把握し,次に生徒に練習内容や方法を説明し,生徒自らが課題を設定して自主的, 計画的に取り組むことができるようにすることが大切である。

 練習法にはいろいろあるが,次の点に留意することが必要である。

1) 科学的根拠に基づく正しい理論。
2) 基本動作の確実な習得。
3) 地道に練習を積み重ねること。
4) ルールを守り,相手を尊重し,安全に留意すること。

 生徒には,これら練習上の留意点をよく理解させ,自己の能力に応じた得意技を身に付 けることができるように指導する。

 指導方法としては,個別指導,グループ別指導,習熟度別指導,様々な資料やビデオ等 の活用,課題研究,対話などがあり,様々に工夫することができる。生徒の体力や技の習 得の程度に応じて練習方法と内容を工夫すれば,楽しく,安全に行うことができる。 練習を始める前には,当然のことであるが,柔道場の安全について点検する。また, 生徒の健康状態を把握する。禁止事項を守ることなど練習における注意事項を確認する。

 そして,準備運動を十分に行う。準備運動は,内容を工夫すれば運動を楽しむことに つながるし,柔道の基本動作を組み入れることもできる。

 技能の学習では,基本動作,特に受け身の習得が技の上達のためにも,事故防止の面か らも大切である。体力的に劣っていたり,恐怖心が強かったりする生徒には,特に受け身 の指導を十分に行うことが必要である。また,一般的に崩しやかけ方の個々の要領は比較 的簡単に理解するが,崩しながらかけるときの動きや,技をかける機会については,理解 できても実際に行うことができないという場合が多い。崩しとかけを一連の動作として行 えるようになるには,練習の積み重ねが必要であり,より効果的に習得する方法として, 練習の全過程を通じて初歩の段階から固定的な姿勢での練習だけでなく,移動しつつ崩し ながらかける練習を行うことが大切である。

 練習法については,かかり練習(打込み)で,崩し,体さばき,かけを移動の動きの中 で練習することによって柔道の原理がより実際的に理解することができる。そして,移動 範囲を拡大するだけで約束練習へと容易に進むことができる。また,自由練習(乱取り)へ も発展させることができる 「形」については,技の理論や工夫の仕方,さらに伝統的な 行動の仕方を習得する上で有効なので,学習段階に応じて適切に取り扱うことが大切であ る。

 また,練習を終える際には,必ず整理運動を十分に行い,心身を静める。ストレッチン グ体操や,マッサージなどを取り入れると効果的である。

 柔道の練習では,通常,練習の前後に整列して正座するが,これは武道独特の行動の仕 方であり,大切にする。

1 かかり練習(打込み)

 同じ技を繰り返し練習し,崩し,体さばき,かけ方,力の用い方などを身に付ける方法 である。固定姿勢と移動しながらの方法がある。

(1) 固定姿勢<

 立ったままでいる相手に技をかける。最初はゆっくりと正確にかけて要点と技のか たちを覚え,次第に速さと強さを増していく。繰り返し行っても技のかたちが崩れる ことなく,一連の動作が正確に行えるようにすることが大切である。

(2) 移動しながら

 相手を1,2歩押し,あるいは引き出す移動の中で技をかける。最初は,ゆっくり 行い,次第に正確さとスピードを高めるとともに,技をかけるタイミングとそれに伴 う体の動きを身に付けるようにする。次の段階では,移動範囲を3,4歩と広げ,い ろいろな移動の方向で行い,約束練習に近づけるようにする。

 かかり練習は 技の習得 工夫 及び技の欠点是正などに欠かせない練習法である。 また,筋力,瞬発力,スピードなどを高めるために行う場合もある。

2 約束練習

 かかり練習(打込み)で習得した個々の技をさらに上達させるため,技や移動条件を互い に約束して練習する方法である。自由練習(乱取り)の前の段階として重要な練習法で,練 習内容は かかり練習(打込み)に近いものから自由練習(乱取り)に近いものまで幅がある。

 この練習段階で,相手の動きを利用して素早く技をかける機敏な動作,自由自在に変化 できる正しい姿勢,崩し,体さばき,かけ,力の用い方などの調和的な動きなどを十分に 身に付けることが大切である。無理な姿勢から強引にかけたり,変形姿勢にならないよう に,あくまでも理論に基づいて技を習得,上達させるための練習であることを理解させて 指導する。

 かかり練習(打込み)と約束練習では,相手の動作が一つのポイントになる。相手が適切 に移動することが大切で,崩す前に崩れたり,かける前に転んだりすると,うまく投げる ことができない。お互いに協力し合うことが必要で,そのことをよく理解させる。 約束練習は,そのねらいに応じて,いろいろな方法がある。その一例を示す。

1) 技をかけて投げる者を決めて行う。 2) 一人が複数の相手を投げる。 3) 交互に投げ合う。 4) 自由練習に近い方法で行う。

 なお 投げ技のみならず固め技においても 特に入り方 攻め方に絡めてかかり練習(打 込み)と約束練習を行うことが上達の秘訣である。

3 自由練習(乱取り)

 自由練習(乱取り)は, かかり練習(打込み)や約束練習で習得した崩し,体さばき,か け方,力の用い方などを総合的に練習する方法である。柔道の学習指導の過程全体から見 ると,かかり練習(打込み)や約束練習は基礎的段階であって,この自由練習(乱取り)の段 階で柔道の特性が強く発揮され,関心も高まり,より高い教育的効果が期待できる。練習 にあたっては,次の点に留意するとよい。

(1) 正しい姿勢,軽快な動きで練習する。

 自然体の姿勢が基本である。力まず,必要なとき,必要なところに力を入れるよう にする。変形の姿勢や力んで硬くなっていると,相手の変化に適切に対応することが できない。

 勝負にこだわるあまり試合と同じような練習を行う傾向も見受けられるが,そのよ うな練習では,かける技に無理が生じ,姿勢も偏ったものになる。練習においては, 投げられることを恐れず,嫌わず,正しい姿勢で攻防することが大切である。

(2) 多くの人と練習する。

 体格や体力は,人によって様々であり,得意技もいろいろである。したがって,誰 にでも同じ方法で通用するというわけにはいかない。相手に応じた崩し,体さばき, かけ 力の用い方をする必要がある 相手に応じることのできる技術を体得するには,。 , できるだけ多くの相手と練習することが必要である。苦手な相手,やりにくい相手と 積極的に練習する姿勢が大切である。

 練習相手の技能程度(三通り)に応じて,それぞれ次の点に留意して練習するとよい。

① 相手の技能が上の場合

 防御に回らず,投げられることを厭わないで,臆することなく,積極的に技を かけ,上達を目指す。

② 相手の技能が同等の場合

 技をかける機会を捉えて技を施し,相手の技を防ぎ,互角の攻防を展開する。

③ 相手の技能が下の場合

 相手の動きや技に応じて調子を合わせ,相手を引き立てながら練習する。技の 理合を研究しながら練習する。

(3) 得意技を身に付ける。

 いろいろな技の中から 自分の体格 体力に合った得意技を身に付けるようにする。 得意技を習得することによって,得意技を軸として連絡変化の方法を組み立てること ができる。技の研究,工夫,そして柔道への関心を高めるためにも得意技の習得は大 切である。

(4) 相手を尊重する態度を身に付ける。

 柔道において最も大切なことは,攻撃防御の練習を通じて相手を尊重する態度を身 に付けることである。このことを常に説明し,その意味を理解させる。

4 形

 形には,投の形,固の形,柔の形,極の形,護身術,五の形,古式の形などがある。こ れらの中から乱取りの形ともいわれる投の形と固の形,及び体育という立場から組み立て られた柔の形を授業時数や生徒の技能の程度に応じて適切に取り扱うようにする。これら の形の特徴と技の名称は次の通りである。
(参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/柔道形

○ 投の形…投げ技の原理(崩し,体さばき,かけ,力の用い方)を示す。 15本。

手 技…浮落し,背負い投げ,肩車
腰 技…浮き腰,払い腰,釣り込み腰
足 技…送り足払い,支え釣り込み足,内股
真捨て身技…巴投げ,裏投げ,隅返し
横捨て身技…横掛,横車,浮き技

○ 固の形…固め技の要点,体さばきなどを示す。 15本。

抑 え 技…けさ固め,肩固め,上四方固め,横四方固め,崩れ上四方固め
絞 め 技…片十字絞め,裸絞め,送り襟絞め,片羽絞め,逆十字絞め
関 節 技…腕がらみ,腕ひしぎ十字固め,腕ひしぎ腕固め,腕ひしぎ膝固め, 足がらみ

○ 柔の形…攻撃防御の方法を,ゆるやかな動作で示す。 15本。

第 1 教…突出(つきだし),肩押(かたおし),両手取(りょうてどり), 肩廻(かたまわし),腮押(あごおし)
第 2 教…切下(きりおろし),両肩押(りょうかたおし),斜打(ななめうち), 片手取(かたてどり),片手挙(かたてあげ)
第 3 教…帯取(おびとり),胸押(むねおし),突上(つきあげ), 打下(うちおろし),両眼突(りょうがんつき)

 形を学習内容として取り上げる方法には次のようなことが考えられる。

1) 技の学習に関連させて練習する。

 例えば,払い腰の崩しと体さばきを理解させるために,形で示すように「受」の左脇 下から右腕を差し入れ,その肩甲骨あたりに掌をあてて施技する。

2) 約束練習の一つとして練習する。

 形は,技の種類や移動条件をあらかじめ定めて練習する。したがって,約束練習の一 つとして活用することができる。

3) 学習した技のまとめとして練習する。

 例えば,背負い投げと一本背負い投げを学習した後,投の形にある背負い投げで技の 理論を理解し,まとめとする。

4) 既習の技で組み合わせを工夫した形的な内容として練習する。

 形には,浮落しや肩車など投げ技として学習しない技も含まれている。そこで既習技 で工夫し構成した形的な内容として練習し,形のよさにふれる。

5) 形のもつ本来の価値を追求する。

 柔道の学習のまとめとして,形の練習を通じて形の意味を把握し,柔道の特性をよ り深く理解する。


第2節 試合

1 試合の考え方

 柔道の試合には,規則があり,その規則 にしたがって互いがもっている技能,体力, 精神力の全能力を発揮して競い合うものであり,柔道の特性に触れる楽しさを味わう機会 でもある。学校における柔道は,常に教育的立場に立って,安全に留意し,規則を守り, 相手を尊重し,公正な態度を養うことなどに留意して指導を行う必要がある。試合は,自 己のもつ能力を試し,どれだけ学習目標に近づいたか,どれだけ目標を達成できたかを確 かめるだけでなく,試合を課題発見の機会と位置付け,その後の学習に生かすように工夫 することが大切である。したがって,これまで,試合は,学習指導の観点からすると,ま とめの学習として行われていたが,生徒が自ら課題を発見し,その後の学習に工夫をこら すためには試合を学習過程の途中に適切に置くことも大切である。

 具体的には,各単元ごとに 「ねらい①」として,今ある力で試合を楽しみ,その中で 各自の課題を発見し,それを工夫する動機付けとする。次に「ねらい②」として,新しく 身に付けた技と,新しいルールで試合を行うことで柔道の楽しさをより深めていく。この ように試合を通して基本動作や対人的技能,学び方や態度を総合的に高めていくことが大 切である。そのためにも,勝敗にこだわることを避け,自分のもっている全能力を出して 試合をすることの意義を理解させることが重要である。

 なお,試合には,正式な試合と,生徒の技能程度に応じた簡易な試合とがあるが,技能 が上達していない段階においては,試合内容や方法を簡易化し,それぞれに工夫をこらし, その段階の課題発見やまとめの機会にふさわしいものとすることが大切である。

 さらに,技能面だけでなく,我が国の固有の文化としての伝統的な行動の仕方に留意し て礼儀作法を守り,互いに相手を尊重する気持ちをもって,全力を尽くす態度を育てるよ うにする。また,自分の能力にあった技を習得するための練習や試合の仕方など,学び方 を工夫する。運営や審判の仕方も学習し,試合を楽しく見ることができるように指導する ことも大切である。

2 試合の行い方

 柔道の試合には,個人試合と団体試合がある。団体試合の勝敗の決め方には,点取り方 式と勝ち抜き方式がある。順位を決める方法としては,トーナメント形式やリーグ戦形式, また,その両者を組み合わせた形式のものなどがある。また,個人試合においては,勝ち 抜きによる得点方式で順位を決める方法もある。

 柔道の試合は,平等な条件のもとで技を競い,勝利の機会を多くするという趣旨や安全 などの配慮から,技能別,体格別などの試合が考えられるので,学習や指導の段階に応じ て試合の効果が上がるように創意工夫する必要がある。中学校,高等学校の試合では,柔 道の技能の程度に応じた試合を行い,対人的技能の応用能力を高め,個人の特長を生かし た技能や態度,学び方の向上を図るようにする。初歩的な段階では,団体試合の点取り方 式を中心に行うとよいであろう。

 なお,基本動作,対人的技能の程度に応じた簡易な試合を工夫して行うようにする。例 えば,手で突っ張り腰を低くして頑張る動作を禁じ,正しく組んで自由練習(乱取り)の ように攻防しあい,一定時間内で投げた本数によって勝敗を決める方法,一本勝負でなく 三本勝負または二本勝負にする方法などが考えられる。段階が進むにしたがい,公式の試 合や審判法に近づけ,最終的には正式の試合を取り扱うようにする。以下に,簡易な試合 を行う場合のいくつかの要点を挙げる。

1) 体格に関するもの

 技能の未熟な生徒にとって,体重や身長など体格に差があり過ぎる場合には,対戦す る前から勝てる見込みがないと考え興味をそぐものである。したがって,初歩的な段階 においては,できるだけ,同じ体格の者との対戦を考慮することが望ましい。特に中学 生については,そのような配慮をすべきである。

2) 技能に関するもの

 技能に差のある者との対戦は興味や安全面からも好ましくない。また,使用する技は, 学習した範囲内の技とか,固め技のみを使用するとか,習得した技能の程度に応じて制 限を加えて行うことが望ましい。

3) 試合場と試合時間に関するもの

 正式の試合場は,14.55m(8間)四方の中央に 9.1 m(5間)四方の場内(畳50枚)

を設けることとなっているが,状況により広くしたり,狭くしたりしてもよい。

 試合時間は,初歩的な段階では短くし,1分~2分の範囲から始めるのが適当と考え られる。技能が向上し試合に慣れるにしたがって次第に時間を長くしていく。

4) 禁止事項に関するもの

 試合では,禁止事項を守ることが重要な条件となっている。学校での柔道の指導にお いては,特に危険な技や動作を禁止し,違反した場合は厳しく指導しなければならない。 特に学習していない技を使う,同体になって倒れる,技をかけた者が自分から先に倒れ るなどの技や動作を行わせないようにすることなどは大切なことである。

3 技能程度に応じた試合の例

 初めは,自由練習の延長として「ごく簡易な試合」を置き,技のできばえを試し合った り,学習した技を使って少しずつ試合の仕方に慣れることをねらいとする。また,ある程 度技能の進んだ段階では 「簡易な試合」に適宜工夫を加え,試合のルールや審判法を正 規の試合に近づけるようにする。

 その際,試合を通して生徒が自分の課題を発見する中で,次第に得意技へと発展できる ようにすることが大切である。具体的には各単元計画の学習過程の中に ~3回の試合の 機会をつくる。初めの試合は既習のルールや技を使って試合を楽しめるようにする。また, 中間に置く試合は,授業時間数や生徒の学習状況に応じて,試合にしたり,自由練習を増 やしたり工夫する。最後の試合は,まとめの意味も含め,身に付けた技を使い新しいルー ルにチャレンジするようにする。このような考えをもとに技能程度に応じた段階的な試合 の行い方の具体例を示す (別表の資料「技能程度に応じた試合例」参照)

4 試合運営と役割分担

 試合をより適切に運営していくためには,事前に綿密な計画を立て,役割分担を決めて 行うことが大切である。生徒たちが自主的に試合を運営することが望ましく,規則の理解 と確認,試合の方法,試合の進行,役割分担などを決め,試合に必要な設備,用具も準備 する。試合に必要なものには,記録用紙,掲示板,いす,ストップウオッチ,ベル,旗, 紅白の紐などがある。

 各係は,自分の任務をよく理解し,責任をもって分担する必要がある。初めのうちは慣 れないため十分な運営は難しいと考えられるが,互いに協力し合い,できる限り円滑に試 合ができるよう努力させる 記録係は 記録用紙を用意し 正しくわかりやすく記録する。 掲示係は,組み合わせや掲示の仕方を覚え,試合を円滑に進める。時計係は,いつどのよ うなときに時計を動かし,また止めるかを理解し,正確に計るように心掛ける。審判は, 初歩的な段階では,教師が模範を示し,生徒がその審判の仕方を見ながら学習する。進ん だ段階からは生徒も参加し,状況によって審判員を多くしたり,少なくしたりする。なお, 主審になった生徒は,試合者の動作が見やすい場所へ必要に応じて移動し,発声や動作な どを明確に表示することが大切である。副審になった生徒は,主審に任せきりにならず, 自分が主審になっているつもりで,自分の意見をはっきりと表示することが大切である。 試合の経験が多くなるにしたがい,全員が審判員の経験をもつように配慮することが望ま しい。

 表 技能程度に応じた試合例表未対応版のページ

./img/Fig_005_Table_005_01.png

./img/Fig_005_Table_005_02.png


INDEX | |
Author : 文部科学省 (MEXT http://www.mext.go.jp/).
Editor : 佐藤 智彦 (Sato tomohiko).

Free Web Hosting